太平洋石炭販売輸送・廃線跡を歩く

2021-04-22

太平洋石炭販売輸送(釧路臨港鉄道)は最盛期には入舟~知人~春採~東釧路~城山とほぼ橋南地区を一周する路線で営業され、旅客営業や国鉄の連絡貨物も輸送しておりました。

その廃止された春採~城山間と知人~入舟間を歩いてみました。
(※臨港線廃止以前に廃止された区間です。)

春採~東釧路~城山  

釧路コールマイン選炭工場

2013, 4, 27
選炭工場

春採にある釧路コールマイン選炭工場です。
春採駅、ここからスタート。

太平洋の海底炭

2013, 4, 27
太平洋の海底炭

選炭工場の正門の近くの建物に、ちょっとレトロな看板がありました。

選炭工場付近の線路跡

2009, 5, 18
選炭工場付近の線路跡

選炭工場近くの旧COOP生協だった建物のある交差点を左にまがり、貝塚方面の道に入ります。
写真は選炭工場を振り返ったものですが、道路沿いに空き地(左の車が止まっている所)が続きます。線路跡と思われます。

緑ヶ岡付近の線路跡

2009, 5, 18
緑ヶ岡付近の線路跡

昔の航空写真などを参考にしていくと、線路跡は一部道路になりつつも道路に沿って続きます。
緑ヶ岡付近です。明らかに線路跡と思われる空き地が続きます。

売地になっています

2013, 4, 27
線路跡

線路跡の一部は売地になっていますね…。

緑ヶ岡付近の線路跡

2009, 5, 18
緑ヶ岡付近の線路跡

線路跡はオシャレな住宅街となっております。

根室本線と出合う

2009, 5, 18
根室本線と出合う

線路跡は道路に沿って延々と続き、いつしか左にカーブします。
やがて、根室本線の線路につき当たります。

線路跡

2009, 5, 18
線路跡

振り返ったものですが、線路跡と思われる空き地がありますね。

東釧路駅

2009, 5, 18
東釧路駅

東釧路駅の跨線橋から振り返る。
駅の裏(右側)はオシャレな住宅街になっていますが、この宅地のあたりは、臨港鉄道の駅のあった跡かと思われます。

材木町付近の線路跡

2009, 5, 18
材木町付近の線路跡

東釧路から城山までは「城山線」と呼ばれていたそうです。

線路跡は根室本線と道路の間に続きます。
やがて根室本線は釧路川を渡るために右にカーブ。
線路跡と思われる空き地は釧路川沿いに続きます。

久寿里橋付近にて

2009, 5, 18
久寿里橋付近にて

終点の城山駅はこの付近(右の車が止まっている付近)にあったと思われます。

春採駅から城山まで、のんびり歩いて徒歩約2時間半です。

城山町内会”の看板

2015, 10, 4
城山町内会”の看板

モシリヤ チャシ跡の交差点には、「釧路臨港鉄道」が記載されている“城山町内会”の看板がありました。

知人~入舟町  

知人の線路跡

2009, 5, 19
知人の線路跡

金網の向こうは高架桟橋、貯炭場です。
線路が途切れていますね。ここから入舟町方面線路が伸びていたと思われます。
この付近の鉄道が通らない線路には、地元の人が昆布を干す風景が見られます。

知人付近の線路跡

2009, 5, 19
線路跡

道路と工業用地の間に、線路跡と思われる空き地が続きます。
春はタンポポの花で埋まりますが、地元の方々は花壇を作って、キレイな花を咲かせています。

知人付近の線路跡

2009, 5, 17
知人付近の線路跡

線路跡が続きます。

このあたりは今は埋め立てられておりますが、昔は砂浜が広がっていて、100年ほど前に来釧した石川啄木が、料亭の芸妓と冬の月夜に散歩した日記が残っております。

古い看板

2009, 5, 17
古い看板

ちょっと古い看板がありました。

入舟町付近の線路跡

2009, 5, 17
線路跡

入舟の町の道路に沿った宅地の後ろを線路跡と思われる空き地が続きます。
空き地の先の建物(マンション)のあたりは臨港駅があったようです。

釧路臨港鉄道発祥之地碑

2010, 9, 10
釧路臨港鉄道発祥之地碑

「りんこう」の賃貸マンションの前に「釧路臨港鉄道発祥之地」という碑がありました。

レールを使った柵

2015, 8, 28
レールを使った柵

レールを使った柵が残っていました。

レールを使った柵の跡

2015, 8, 28
レールを使った柵の跡?

入舟町の線路跡

2009, 5, 17
線路跡

やがて住宅街を抜け、釧路川沿いに線路跡と思われる空き地が続きます。

この空き地はグリーンベルトとなっていて、小さな桜の苗木が植えられたばかりです。
あと何十年か後に「入舟桜街道」となって、この付近は釧路市民の散策コースとなる事でしょう。

入舟町駅跡?

2009, 5, 17
入舟町駅跡?

線路跡と思われる空き地はここで終わっています。入舟町駅跡と思われます。
釧路発祥の地としてこの廃線沿いの米町~入舟町は、昔はかなり賑わっていたようですが、今は静かな住宅街となっております。

この近くに旧釧路新聞社社屋を復元し、石川啄木の資料を展示している港文館があります。

知人からこの入舟町付近まで徒歩約40分です。

1960年頃の釧路臨港鉄道

参考 : 炭鉱ヤマのくらし・マチの記憶 特別展図録(釧路市立博物館)

※「太平洋石炭販売輸送株式会社」は、令和元年(2019年)6月30日をもって鉄道事業を廃止されたこと等もあり、令和2年(2020年)4月1日に商号を「新太平洋商事株式会社」と改めました。


太平洋石炭販売輸送・廃線跡を歩く

Posted by でぇあぶつさん