釧路散歩 – 毛綱毅曠建築物 –

2020-10-11

釧路の街を歩いていると不思議な建物と遭遇することがあります。
フィッシャーマンズワーフMOOをはじめとするこれらの建物は、釧路出身の建築家毛綱毅曠さん設計の建物です。

毛綱毅曠もずな きこう(1941-2001)さんは独特な考え方で、個性的な建物を設計されました。

住宅は都市の細胞であり遺伝子なのだ。

ヒトの住居とは宇宙を再現し、人体に通じる「宇宙・建築・人体」が一体となった人間の器なのだ。そのなかでヒトは宇宙と交感し、自然と一体化して、やすらぎを覚えながら生きてきたのである。たとえて言えば人間の身体、性格のあらゆる情報が遺伝子として、一個一個の細胞の核の中に納まっているようなものである。
住宅は都市の細胞であり、遺伝子なのだ。都市と住宅は「入れ子」の構造であると表現してもいい。

毛綱毅曠著「七福招来の建築術」
光文社 (カッパ・サイエンス) 昭和63年9月30日

毛綱さんは人類の遺伝子には大地と宇宙の記憶が刻まれており、この記憶をさらに天の記憶(人間が持っている神話、伝説、宗教のイメージの総称)、人の記憶(人間が魚類やアメーバーであった先祖代々からの血として受け継いだ、歴史、伝統、テクノロジーの集積)、地の記憶(地理、地質の特性を初めとして、人間が付けた様々な痕跡、考古学的な遺跡、遺物の総称)の3つに分類し、建築とはこのような記憶が刻み込まれ、記録されていて、建築からそのような記憶を読み取ることができなければ、それはもはや建築とは程遠いもの、たとえば棺桶や牢獄と変わりのないモノとなってしまう、と説いておられます。
また彼は建築を自然と調和させるために、中国の風水術の手法も取り入れているようです。

釧路駅から歩いて、毛綱さん設計の建物を巡ってみました。

NTT ドコモ釧路ビル (1997年)

ステンドグラスに曼荼羅を表現

釧路駅に程近い北大通にあります。どこにでもあるようなドコモショップかと思いきや、見上げると夜空にステンドグラスの光が浮かびあがります。このステンドグラスには曼荼羅が描かれております。

何故ドコモに曼荼羅か?
曼荼羅は密教において宇宙を表す方法だといわれています。毛綱さんの言うところの天の記憶ですね。

そういえばこの建物、アポロのようなロケットに見えませんか?
私には、ロケットが噴射して、今まさに宇宙へ旅立つように見えます。

もちろん、ロケットと地球の間の連絡は、無線の通信によりますよね…。
世界をつなぐドコモ。

第7回 釧路市都市景観賞受賞 (1998年)

NTT ドコモ釧路ビル

2015, 8, 28
NTT ドコモ釧路ビル

NTT ドコモ釧路ビル

2009, 5, 13
NTT ドコモ釧路ビル

NTT ドコモ釧路ビル

2008, 10, 21
NTT ドコモ釧路ビル

ステンドグラス

NTT ドコモ釧路ビル

2008, 10, 21
NTT ドコモ釧路ビル

ステンドグラス

釧路キャッスルホテル (1987年)

都市を漂う幻の船をイメージ

幣舞橋の近くにあるホテルです。船というよりはヨーロッパの古城のような感じですね。

いつの日にか人類が宇宙船を仕立てて、宇宙の真っただ中に漂流しなければならない時が来るかもしれない。その宇宙船の構造は内部に、海や川を象徴とする何かを持たなければならない。
まさしく、古代人がイメージしたところの空中都市の実現である。

毛綱毅曠著「七福招来の建築術」
光文社 (カッパ・サイエンス) 昭和63年9月30日

内部はフロアごとに異なる「波」のモチーフがポイントになっているそうです。

第1回 釧路市都市景観賞受賞 (1992年)

釧路キャッスルホテル

2009, 6, 18
釧路キャッスルホテル

釧路キャッスルホテル

2009, 6, 18
釧路キャッスルホテル

宿泊時に撮影

釧路キャッスルホテル

2009, 6, 18
釧路キャッスルホテル

宿泊時に撮影

釧路キャッスルホテル

2009, 5, 12
釧路キャッスルホテル

釧路キャッスルホテル

2009, 6, 18
釧路キャッスルホテル

釧路フィッシャーマンズワーフMOO (1989年)

釧路を代表する観光スポットです。
釧路フィッシャーマンズワーフMOO <ムー>(Marine Our Oasis)はおもに海産物やお土産、レストランなどのショッピングモール、郵便局、バスセンター、市などの公的機関、フィットネススクール、医院などが入った複合施設です。

MOOの外観は、連続した三角屋根で町並みを表現したり、“人工”のマストやクレーンで“自然”(鶴、魚、山)を表現していると言われています。
風水的に見ると、海と湿原に囲まれた三つの丘(竜車牽引形)を丘に挟まれた山坂と合わせて、内部の吹き抜けとスロープに置き換えているそうです。

右のたまご型の建物はEGG<エッグ>(Ever Green Garden)という温室です。

MOOにもEGGにもトイレがあり、散策の途中に休むには絶好の場所です。

釧路フィッシャーマンズワーフMOO

2009, 5, 13
釧路フィッシャーマンズワーフMOO

釧路フィッシャーマンズワーフMOO

2009, 1, 27
釧路フィッシャーマンズワーフMOO

MOO内部です。立体駐車場のようになだらかなスロープが螺旋状に続きます。

これはきっと春採湖の“ひぶな坂”をイメージしたのかもしれません。

釧路フィッシャーマンズワーフMOO

2009, 1, 27
釧路フィッシャーマンズワーフMOO

EGG内部

2014, 6, 8
EGG内部

EGG内部

2018, 6, 12
EGG内部

中に植えられている木はそれほど熱帯の物は無く、東京の街路樹が多いです。中のベンチに座っていると東京の公園にいるような錯覚をおぼえます。
主な樹種は、オオムラサキツツジ、ヤマモモ、マテバシイ、アオキ、シャリンバイ、クスノキ、ヒイラギナンテン、モッコク、ユズリハ、ツバキ、サザンカ、ヒイラギモクセイ、カクレミノなどです。

夜のMOO

2009, 5, 12
夜のMOO

夜はネオンサインが水面に写り、ラスベガスみたいな感じです。

反住器 (1972年)

毛綱建築の原点

幣舞橋を渡り、ロータリーから坂を登った釧路市生涯学習センターの近くにあります。
母親の住居として建てられた、初期の代表作です。

30年以上前の建築物としては、とても斬新なデザインだと思います。家全体がサンルームような感じの家ですね。陽射しをたっぷり受けて、冬でも明るく暖かな家なのでしょう。
建物の中にはもう一つ、外観に似た部屋が見えます。まさに入れ子構造ですね。
母親への住居…母から息子へ繋ぐ遺伝子。人の記憶。こんな事を考えながら設計されたのでしょうか。

今は、住む人がいないのか少し寂れていて、少年が巣立った跡のような淋しい感じがしました。

反住器

2008, 10, 22
反住器

ふくしま医院 (2000年)

釧路で最後の毛綱建築

反住器に近い浦見の町にあります。
円熟期を向かえ始めた作品でしょうか、毛綱さん独特の強いこだわりが無くなり、シンプルでオシャレな感じがします。
ただ、毛綱さんの事ですから、建物の中はどうなっているのか分かりませんが。

毛綱さんの作品が今後どのように展開されるのか興味あるところでしたが、逝去され、残念です。

第10回 釧路市都市景観賞奨励賞受賞 (2004年)

ふくしま医院

2009, 5, 14
ふくしま医院

ふくしま医院

2009, 6, 24
ふくしま医院

釧路市立幣舞中学校 (1986年 )

太陽の光暈、虹を象徴する七本の輪

釧路駅から1時間少し歩いて、春採湖まで来ました。野鳥のさえずりが聴こえ、ジョギング、ウォーキングする人々が行きかいます
私は恐竜の化石をイメージしたのかと思ったのですが、これは虹の輪だそうです。どうも私は発想が貧困で困りますね。

「建築する」ことは、理屈抜きで気持ちがいい。なんたって七つの福(富、情報、文化、学芸、健康、食、技術)を招き寄せる行為だから

毛綱毅曠著「七福招来の建築術」
光文社 (カッパ・サイエンス) 昭和63年9月30日
幣舞中学校 虹のアーチ

2009, 5, 18
幣舞中学校 虹のアーチ

この虹のアーチが見ものです。
このアーチは単に虹を表しただけでなく、上記の七つの福をも表しているのかもしれません。毛綱さんの母校であるこの中学の後輩へ伝える、七つのメッセージかもしれません。

校内の見学は、職員室に申し込めば可能です。(2009年当時)
見学は教頭先生などが同行し案内して頂けます。また、学校の都合により見学できないこともあります。

幣舞中学校

2009, 5, 18
幣舞中学校

幣舞中学校

2009, 5, 18
幣舞中学校

幣舞中学校

2009, 5, 18
幣舞中学校

幣舞中学校

2009, 5, 13
幣舞中学校

幣舞中学校

2015, 10, 9
幣舞中学校

釧路市立博物館 (1984年)

羽を広げた丹頂鶴をイメージ

丘の上にドーンと大きな鳥が翼を広げているイメージのとっても迫力のある建物です。この作品と釧路市湿原展望資料館は、1984年に日本建築学会作品賞を受賞されたそうです。
この市立博物館については、毛綱さんの説明があります。

アイヌの神々や日本の先祖に関する展示「天の記憶」、農業、水産、都市の歴史などの展示「人の記憶」、地学、海洋学、考古学に関する資料などの展示「地の記憶」というように、博物館は展示する機能がすでに『記憶の建築』とよぶのにふさわしい建物です。
都市が幾世代にもわたる記憶を集積する記憶の場であるように、博物館自体が都市の遺伝子なのです。
そして、三つの記憶を示す展示空間に吹き抜けを設け、その吹き抜けを二重螺旋の階段で結び合わせました。二重螺旋はいうまでもなく遺伝子を担うDNAの構造そのものです。
人びとは、この螺旋階段を上昇しまた下降しながら天から人へ、人から地へ、また、この逆へ、自由に浮遊するのです。

抜粋: 毛綱毅曠著「七福招来の建築術」
光文社 (カッパ・サイエンス) 昭和63年9月30日

さらに、階段状の正面外壁は“等高線”を表現し、裏側(海側)の垂直な壁は波の浸食で切り立った“釧路の海岸線”を表現しています。

釧路市立博物館

2016, 6, 10
釧路市立博物館

風水的に春採湖の丘陵の地形を「金鶏展翅形」と捉え、建物の形にそのまま投影してるそうです。

釧路市立博物館正面

2014, 11, 1
釧路市立博物館正面

DNAをイメージした二重螺旋階段

2009, 5, 13
DNAをイメージした二重螺旋階段

釧路市立博物館

2014, 9, 18
釧路市立博物館

北海道釧路湖陵高校同窓会館 (1996年)

ノアの箱舟をイメージ

釧路駅から春採湖南岸経由で徒歩約2時間。ようやくたどり着きました。
ほんとうにこの建物のデザインは独創的だと思います。

人の記憶には、『船の記憶』というものも強く残っている。ノアの箱舟や天孫が降臨してきたときに乗ってきた天磐船などの神話は、おそらく先史時代のボートピープルの記憶として取り込まれたに違いない。

さらに、宇宙の彼方からハイテク都市の弥勒船が地球に救いに来るなどというのは、人類の意識の深層に眠っている未来の記憶かもしれない。

毛綱毅曠著「七福招来の建築術」
光文社 (カッパ・サイエンス) 昭和63年9月30日

毛綱さんの母校であるこの湖陵高校の同窓会館にふさわしい、「過去の記憶、未来の記憶」に出会うための船だと思います。

釧路湖陵高校同窓会館

2009, 5, 16
釧路湖陵高校同窓会館

釧路湖陵高校同窓会館

2014, 5, 19
釧路湖陵高校同窓会館


こうして、毛綱さんの作品を見ていくと、彼の愛する釧路の街を小宇宙にたとえ、その中に彼自身の“記憶”のイメージを作品として残したのではないでしょうか。

<参考文献>

「七福招来の建築術」毛綱毅曠著 光文社 (カッパ・サイエンス) 昭和63年9月30日
釧路市散策マップ2 釧路市観光振興室 2003, 3
くしろアートマップ2008


釧路散歩 – 毛綱毅曠建築物 –

Posted by でぇあぶつさん